神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

ガンダム・モデル進化論

d0068008_023713.jpg1930年代にイギリスで初めてプラスチックを素材とした模型が作られた。第二次世界大戦後の1951年、アメリカのレベル社が組み立て式の自動車の模型が発売した。
当時の日本は、ティン・トイ(ブリキのおもちゃ)において国内外から高い評価を得ていた。そのような業者の内の一つであるマルサン商店が、1957年にレベル社のキットをコピーして発売した。しかし、当時の模型というものは木製のものが主流でありプラスチックの模型は受け入れられなかった。そこでマルサンは新たなメディアであるテレビを利用してプラモデルを宣伝するという方式をとり、プラモデルを社会的に普遍的なものとするほどの効果を挙げた。
上記の文章には詳しくは載せてはいないが、プラモデルを開発・発展させた会社、もしくは人物を正確に示している。また、それに到った経緯なども論理的であり信憑性がある。
プラモデルが普及するにつれて多数のメーカーが参入し、衰退するメーカーや成長するメーカーが出てきた。プラモデルの礎を築いたマルサンは倒産し、今井化学やバンダイなどのメーカーがキャラクターものの模型で成長した。とりわけ、今井化学はサンダーバードシリーズで多くの支持を得た。
バンダイは1972年に放送された「マジンガーZ」のヒットによりおもちゃ業界においてその名を確固たるものへとしていく。だが、超合金などのヒット商品を出すものの、一般の家庭にはかなり高価なものであり、子供たちは大変な渇望感を抱くことになった。
具体的な作品の事例などを表して、子供たちのロボットに対する心境の変化を表現している。
様々なロボットアニメが放送され、キット化されていく中で、キット化することが大変困難なものも出てくるようになった。そこでバンダイは始めからキット化を目的としたアニメを作ることにした。それが「起動戦士ガンダム」である。この作品に登場する機体をプラスチックモデルで比較的安価で発売したところ、社会現象になるほどの人気であった。その人気は放送が終わってもなお留まることはなかった。
当時の子供たちが抱いていた渇望感がその大ブームを引き起こしたと考えられる。
1980年代半ばになると、テレビゲームという新しいメディアが確立されてきた。その影響を受けて発売されたのが、「SDガンダム」である。この新たなシリーズによってマニアックになり年齢層が高くなりつつあったガンダムワールドを再び子供たちの世界へと戻したのであった。
内容は様々な視点から書かれており、ガンダムワールドの伸張を確証づけている。しかし、多くの内容を詰め込みすぎ整理されていないために少々理解にくるしむ。
年月が経つにつれてバンダイの技術力も発展し、HG・MGなどの精密さの割に安価というシリーズが展開され、過去に発売されたキットを現代的にリファインする動きがでてきた。これがガンダムプラモデルにみられる「螺旋的進化」である。
キットの完成度の変化や値段の変化などを、あたかも生物のような進化プロセスになぞらえて述べている点が、その独特な発展過程をたどってきたガンダムプラモデルだからこそ対応できたのだろう。

文:H
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by shohyo | 2005-07-03 00:02