神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

ドラえもん学

d0068008_140087.jpg見切り発車で誕生し、それからおよそ35年間。お茶の間を和ませ、お茶の間のアイドルへと上り詰めたドラえもん。
 『ドラえもん』それは今や日本中の誰もが知っているといっても過言ではない存在である。その絶妙な存在を生み出したのが、藤子・F・不二雄氏であるのはご存知だろう。しかし、いまや日本中の誰もが知っているといってもいいほどの存在感をもったドラえもんは、実はひょんなことから生まれていたのである。それは、ネコと起き上がり人形である。こんなに身近な出来事から、あのドラえもんが生まれたと思うと不思議と面白さが込み上げてくる。
ドラえもんといえば、35年間お茶の間を和ませてきた人気者というイメージがある。しかし、実はドラえもんが初めてテレビアニメとして登場したときは、今とは違い日本テレビ系列での放映だった。だが当時は、人気がパッとせず視聴率もあまり稼げなかったため半年で打ち切りとなってしまった。今のドラえもんの姿を知っている我々からすれば、信じられない事実である。
 では、どうして半年で打ち切りになってしまったドラえもんが、今やお茶の間の人気者へと変貌したのか。それは、放映が日本テレビ系列から今のテレビ朝日系列へ変わったことが、今の人気アニメへの火付け役になったと考えられる。また、当初は関東地方のみで放映されており、10分間という短い帯番組であった。今、当たり前と感じている30分の帯番組は、当初はお正月などの特別番組であった。今とは違った10分間の帯番組でそれほどの人気の出たドラえもんは、やはり存在感が凄かったのだろうという事がこのことから分かるだろう。
 しかしあるとき、藤子・F・不二雄氏の胃潰瘍の手術の為、マンガの連載を休止したときがあった。そのとき、ドラえもんの終了のデマが流れた。その内容というのが、「のび太が実は植物人間状態で、今までの出来事は全部夢だった」というものである。しかし、その噂が流れたころ藤子・F・不二雄氏はこう語っている。「そんな突然で不幸な終わり方はしない。これからも一生描きます」と。この説は色んなところでいまだ語り継がれており、それを信じている人も多々いるようだ。
ちょうどそのときだった。悲しい報道が流れたのは。そう、藤子・F・不二雄氏つまり、藤本弘氏の突然の死の報道である。我々がちょうど小学校5年生のときのことであった。そのときは何も感じなかった自分が、今思えば寂しいものだと感じる。
ドラえもんの始まりから、現在までのことを詳しく載せてあるこの本。しかし、残念なことが一つだけある。『藤子不二雄』という人物が、藤子・F・不二雄と安孫子素雄の二人の合同ペンネームという事。また、藤子・F・不二雄の本名が藤本弘であるという事。この3者の名前が、まばらに載っている為混乱するところがある。この部分が、この本での欠点ではないだろうか。しかし、これから先様々なドラえもんの著書を読むときに是非読んでおきたい本である。

文:笑也
[PR]
by shohyo | 2005-07-02 14:00