神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

宝塚というユートピア

d0068008_13542524.gif
1914年4月、箕面有馬電気軌道主催、大阪毎日新聞社後援によって「婚礼博覧会」が催された。その余興の舞台に宝塚少女歌劇養成会第1期生17名が出演した。これが、宝塚歌劇団の原点である。
 1913年、箕面有馬電気軌道株式会社(現阪急電鉄)の小林一三翁により、梅田発宝塚終点の沿線集客の一環として、少女だけの唱歌隊の養成が構想された。そして、「学校」をモデルとした劇団が組織され、入団を許されるのは、宝塚音楽学校を卒業した未婚の女性のみである。専属劇場として、宝塚大劇場・東京宝塚劇場が建設され、劇団創立以来の90年間で実に4000名余りの生徒が宝塚の舞台を踏んだ。
 劇団は、機関紙「歌劇」の発行、パリのレヴューを導入した演目の上演、海外公演など、多くの実績を積んでいった。第二次世界大戦が始まると、1944年には宝塚大劇場・東京劇場は閉鎖を命じられ、レヴューは上演禁止となった。生徒達も女子挺身隊として配属された。終戦後の占領下では、GHQによる検閲も行われた。しかし、劇団は「海外ミュージカル」のキャッチアップを精力的に行っていった。
 2005年現在、1998年に新しく誕生した「宙組」(そらぐみ)を含む5組体制となっている。これまでに、「オクラホマ」・「ウエストサイド物語」・「エリザベート」・「風と共に去りぬ」と、多くの海外作品が上演されてきた。舞台衣装と共に注目されるアクセサリーや鬘、靴などのなかには、生徒自身による、多くのセルフプロデュースの品が用いられている。これらを含め、ヘアスタイルや舞台化粧の創意工夫が生徒個人の評価にも繋がる華やかかつ、厳しい世界である。
 本誌は、全体的に歴史的事実を列挙した部分が多く、専門的すぎるように感じた。「宝塚というユートピア」。この題名からは、これまでに上演された演目についての批評や、劇団の魅力などが書かれていることを予想する可能性がある。それを期待して購入した読者にとってはつまらない内容かもしれない。「宝塚歌劇団」を、創立以前から現代にいたるまでの歴史や、海外との交流など、多くの面から追及することは、劇団に対する知識や興味が増加する一因ともなる。しかし、「私は公演を観ているだけで、生徒さんの応援をしているだけで満足」という人にとっては、あまり興味のない内容が凝縮された一冊となるだろう。
                                                        
文:龍太
[PR]
by shohyo | 2005-07-02 13:55