神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

馬の世界史

d0068008_13513555.jpgこの本はネアルコという一頭の馬の紹介からはじまる。ネアルコという名馬の血が現在の世界中の競馬が飛躍させたといわれている。
人々はなぜ名馬を生み出すことに情熱をかけるのだろうか。人間は馬と言う生き物に何を求めているのであろうか。著者はそんな問いを考えているときにもっと素朴な疑問にたどり着いた。そもそも人は、どのように歴史の中で馬と関わってきたのだろうか。馬と人間の歴史を見直してみようではないか。
著者はこの本で馬と人間の出会いから現在の関係まであらゆるエピソードを盛り込みながら、どのようにこの関係性が変わってきたのか、この関係性の原点にはどのようなことがあったのか等を余すところなく書いている、馬がなぜ人間に必要とされるのかがよくわかる本である。
馬と人間との出会いは人間に速度という概念を与えた。騎乗技術の普及によって人間は情報を遠くの地に早く伝えることができるようになった。速度と言う概念がもし生まれていなければ、人類の時間はもっとゆっくりと流れていたかもしれない。そうなれば、今の人類の極度な文明の発達、高度成長もなかったかもしれないのだ。
やがて人類は戦車を馬に引かせるようになった。「ひとたび“速度”が人間の世界に浸透すると、世界史はめまぐるしく動き出す。馬と戦車の出現は、世界史の速度をも速めることになったのである。」戦車の登場により馬は人々にさらなる速さの速度の概念を浸透させた。
現在では戦争に馬が使われるということはほとんどなくなったと言えるであろう。しかし人間が馬に求める速度という概念は競馬というスポーツへと受け継がれていった。人々はより早く走れる馬を品種改良によって生み出し、それを競わせ、さらに成績の良かった馬を選りすぐって、また新たなサラブレッドを生み出していった。その営みは現在でも変わっていない。
「馬を飼いならして利用するようになると、人間の世界は大きく広がっていった。馬は荷車や戦車を引いたり、背上に人や物を乗せて運んだりしながら、時には過酷な作業にも黙々と従事してきた。馬の速力と体力は人間の活動範囲をこのうえなく拡大したのである。(中略)もしも馬がいなければ、その数千年はいかにして流れたであろうか。馬の速力と体力はどのようにして補われたのだろうか」
もし馬と言う動物がこの世にいなければ現在の人間の歴史は大きく後退したものであったかもしれない。人々が馬に対して忘れてしまっている歴史を思い出し、考えるべきなのではないだろうか。著者は、「人間の恩恵の中で生かされていることへの自覚を深めることにもなるだろう」とエピローグで語っている。そこに著者がこの本を通して伝えたかったことが集約されているのではないかと思う。この本は人間が馬にもたらされた恩恵をもう一度思い出させてくれる意味で、とても信頼できる本である

文:KK
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by shohyo | 2005-07-02 13:51