神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

英語とわたし                  岩波新書

地球儀で見るとちっぽけに見える日本で、日本でしか話されていない日本語を話す私たち日本人は、海外の世界に憧れを抱きやすい環境にあるのではないだろうか。海の向こうはどんな世界なのだろう、英語が出来たら世界が広がるだろうな。そんな事を思っている日本人は多いはずだ。
この本は、そんな期待や予感を持って英語を勉強している人に、一歩引いたところから改めて冷静に英語を見つめるきっかけをつくってくれる本である。各国で活躍する有名人たちの実体験や感性が、英語という話題に即して、ときにはそれを超えて表現されている。
「英語とわたし」という主題で、筆者たちそれぞれが、英語にまつわる苦労、それを踏まえた上での薦められる英語の勉強法を、事細かに記している。
 この本では誰もが受験英語の無意味さを述べているが、中でも説得力があるのは、劇作家などで知られる鴻上尚史氏の「海外で生き残るための英語」と題されたイギリス留学での経験である。
 英語の受験勉強では、これでもかというくらいに書くことを強いられたものだ。しかし、彼のいう英語の勉強で必要なことは、7割がリスニングで2割がしゃべることで、1割が読むことなのだ。なんと、書くことは全く無視してよいというのである。
 彼が留学していたときに、イギリス人のクラスメイトたちに、「下痢」という意味の「diarrhea」という単語のスペルを聞くと、ほぼ全滅だった。だが、クラスメイトたちはもちろんこの単語を耳で知っている。これはつまり、日本人が「下痢」と漢字で書けなくても、読めるし意味も知っていることに対応する。
 「生き残るというのはこういうことです」。生活レベルで求められるのは実際にはここまでということだ。言語の聴覚的に学ぶことの大切さを伝えるには、この「diarrhea」の例はかなりの説得力があるのではないだろうか。
 次に、文法について取り上げてある。念を押しておくと、ここで彼は飽くまでも「生き残るための英語」を紹介している。よって、文法はあまり重要視されないことはだいたい想像がつくが、彼は次の理由を挙げている。「話しかけると『1分間沈黙した後まともなことを言う人間』と『すぐ単語1つ返してくる人』と、あなたはどちらと友達になりたいか?ということです」これも簡潔で且つうなずける。
 最後に彼による「生き残るための」方法として、恥ずかしがらずに自分を出していくということがある。講演会などで質問の時間を設けた場合、日本人は、ちゃんとした質問をしなければならないと刷り込まれているため、なかなか手が上がらない。だが欧米人は、自分を出すことを刷り込まれているため、質問コーナーで感想を述べるために平気で手を上げる。英語が出来るだけでなく、こういうことが海外では生き残るためには必要なのだ。これこそ、冒頭で述べた、「英語を超えた表現」である。
 このように、この本には実体験に基づく、本当に役立たせるための英語の勉強法が詰まっている。筆者たちの海外での生々しい苦労話も描かれているので本としての面白さも絶品だ。海の向こうの世界に夢を抱く者にとっては第2の辞書となると言っても過言ではないだろう。

文: 曲がり角の彼女
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by shohyo | 2005-06-29 17:06