神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

ディズニーの魔法

d0068008_14323381.jpg 「夢と感動の物語」はどのようにして紡がれたのか。ディズニー・クラシックと呼ばれるもののなかで、古典童話を原作にしているものは、もとになったものと比較することで、ディズニーがどのように夢と感動をそこに織り込んでいったのかを知ることができる。
 原作には復讐物語が多く、残酷でグロテスクで倒錯的な要素が多い。もともとこれらの童話には、民衆が心の奥底に持っていた暗い情念が色濃く反映されている。それを優れたアニメーション技術によって彩りを添えて、子供や若いカップルが安心して楽しめるものにした。だが、原作を知らなければディズニーがそれらをどう脚色し、リメイクしたのかわからない。
 ディズニーがこれらの古典童話をリメイクして長編アニメーションを作ったのは、観客がこれらの童話の原作によく親しんでいたからだ。観客は、どんな映画か見なければわからないものより、タイトルや原作からある程度内容がわかるもののほうに安心して入場料を払う。だから、すでに大部分の人々に受け入れられている古典童話を原作とするならば、多くの観客に作品を見てもらえ、かつ楽しんでもらえることを、ディズニーは経験から学んでいた。
 ディズニーは、古典童話のように人々がよく知っている話に、少し変更を加えたり、ひねりを利かせたりするならば、全くオリジナルで作ったものより、はるかに容易に観客に受け入れてもらえ、かつ彼らを夢中にし、喜ばせることを知っていた。本文に、「『リトル・マーメイド』のアリエルなどは、人魚姫のパロディーだとすらいえる。」といったように、原作をここまで変えていいのかと驚くばかりだ。だが、反対に考えてみれば、ここにこそディズニーのオリジナリティーがある。
 この本を読めば、おそらく読者は原作の童話を読んでみたくなるに違いない。そうすれば、今まで知っているつもりで実際は何も知らなかった原作童話が、思ったより残酷でグロテスクで恐ろしいものの、不思議な魅力を持っていることを発見するだろう。読者はまた、ディズニー長篇アニメーションそのものももう一度見たくなるはずだ。そして、よく慣れ親しんできたはずのディズニー長篇アニメーションの中に、今まで何の注意も払わず見過ごしていたものが多くあったことに気がつくだろう。その結果、これらの長篇アニメーションが、これまでとはまったく違って見えるようになるかもしれない。

文:ケティさん
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by shohyo | 2005-06-23 14:32