神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

ディズニーランドという聖地

d0068008_14293041.jpg ウォルト・ディズニーが、ミッキーやドナルドなどを筆頭とするキャラクター、そしてディズニーランドの生みの親であるということはもはや周知の事実である。この一冊はかつて東京ディズニーランド開園にも携わった著者が、ディズニーランドの本質を解き明かしながら、ディズニーランドという舞台を通して、世界的に有名になったウォルト・ディズニーという人物にも迫っている。
 ウォルトは、実は子供時代の楽しい日々をほとんど知ることなく成長した。ウォルトは1901年にシカゴの貧しい家庭に四男として生まれた。父のイライアスは各地を転々としながら数々の仕事を試みていたものの、そのほとんど全てに失敗していた。
ウォルトが物心ついた時にはイライアスは農場を経営していたが、働き手であった二人の兄が家から逃げ出したため、農場での労働の負担は両親とウォルトたち幼い子供に重くのしかかった。また、ウォルトが10歳前後になるとイライアスは新聞販売店を経営、ウォルトは朝夕新聞配達をして父の仕事を手伝った。ウォルトはその他にも膨大な仕事をこなし、昼も夜も四六時中働いていた。そのため、ウォルトの子供時代はその時期特有の遊びなどとは全く無縁のものだった。
 ウォルトが子供の頃に味わった労働の日々は、遊びの中にそれとなく織り込まれた社会訓練といった生易しいものではなく、大人の社会そのものだった。ウォルトがディズニーランドという無邪気な子供の世界を生涯をかけて創り出した事もこの少年時代の経験に深く関係しているのだろう。
 その後広告デザインの仕事を始めたことが起点となり、ウォルトはアニメーションの世界に足を踏み入れる。この空想的な世界で、彼は自分の失われた子供時代を1コマ1コマ再構築していったのである。そして創造力の次なる発露を模索している過程で次第に凝固していったのが他でもないディズニーランドの構想である。それは数々の試行錯誤を経て実現し、ついにディズニーランドが完成した。ウォルトが子供の時分に欲しいと思っていながら手に入れることが出来なかったもの全てを盛り込んだ、まさに聖地であった。
 ディズニーの人気の理由には、園内の清潔さ、ショーの楽しさ、従業員の礼儀正しさの三要素が挙げられる。特に注目すべきはショーにあり、このショーとはアトラクションやパレードのみに限られない。ディズニーでは客の目に触れるもの全てが「ショー」なのであり、意味もなく置かれているものは一つもないのである。ここでは木や地面、人間さえもそれぞれが象徴として機能し、見かけ以上の何かを物語っている。これこそがウォルトの求めていたディズニーの世界の本質なのだろう。今でもこの聖域は人々の心の中でますます輝きを増している。
 ウォルトの生涯を知った上でみるディズニーランドの姿はまるで奇跡のような存在であり、このような視点を教えてくれた筆者にはただ脱帽の念を抱く。

文:ピタゴラスイッチ
[PR]
by shohyo | 2005-06-23 14:30