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神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

言葉の心理作戦

言葉の心理作戦_d0068008_14205510.jpg本来、言葉とは、肉体的にも精神的にも別々の存在である人間同士が、コミュニケーションを成立させるための記号である。しかし、この記号は、けっして完全なものではない。よりコミュニケーションを成立させるためには、この記号にプラスする何かが必要である。そしてこの何かとは、記号(言葉)を発するものと、受けるものとの間に交わされる心理的な絡み合いである。要するに、言葉によるコミュニケーションは、心理的な駆け引きによって、結果に大きな違いを生じてくるのである。
内容には、「人に強い印象を与える作戦」「人の感情を左右する作戦」「人に親しみを感じさせる作戦」など、大きく8つのカテゴリーに分けられ、さらに1つのカテゴリーの中に20余りの例題・話し手に与える効果が載っている。
「人に親しみを感じさせる作戦」のカテゴリーの中の「人は、自分にとってかけがえのない人を話題にされると、親近感を抱く」とある。本文中の例文には、「党人政治家として知られた故河野一郎氏は、ヨーロッパ旅行の途中、ワシントンとニューヨークに寄ったときのことである。現地で理髪店を営んでいる仲の良い理髪店店主・米倉に会った。話をし、河野はホテルに戻るとさっそく国際電話を申し込み、米倉の東京の自宅へかけたのである。彼の妻が電話口にでると、彼は開口一番、“河野一郎だが、オヤジは元気でいるぞ”と言った。米倉の妻が感激の涙を流したのは言うまでもない。」とある。
人間には、父母妻子といった自分と非常に親しい者や、尊敬する者の態度とか感情を無意識のうちに取り入れ、他人の中に自分と同じものを見ようとする傾向があるという。このことから、自分にとってかけがえのない人間を話題にされると、自我の一部もくすぐられ、感情が揺れ動くのではないかと考えられる。
他に本文には、言葉を発さなくても、人間の心理をつき、作戦と使えるものも書かれている。「人に強い印象を与える作戦」のカテゴリーの中の「一瞬の沈黙は、聞き手の注目をひく有効な手段である。」である。大正時代、隻脚の雄弁家として知られる永井柳太郎という政治家が実際に使っていた手段である。彼は、演壇に上がっても、すぐに演説を始めないのが特徴だった。聴衆がざわめいていると、聴衆に聞き取れないような低い声で、ぶつぶつと何やらささやくのである。すると聴衆は、何を話しているのだろうと聞き耳を立て始め、しだいに会場が静かになってくる。会場が水を打ったようにシーンとなったとき、おもむろに演説を始めるのだ。これが、「沈黙(サイレント)の効果」をねらった彼一流のスピーチ・テクニックなのである。
演説にしろ講演にしろ、会場に集まっているのは、話を聞きに来た人々である。講師が演壇に上がったら、聴衆に聞こえるように話し始めるのが当然だと思っている。ところが、いっこうに話を始めない。人々は、演壇に立っている講師の意外な態度に、しだいに注意をひくようになる。沈黙は、この意外性の効果をねらったテクニックの一つとして、非常に有力な武器となると考えられる。
言葉とは、まさに、有機的な機能を持って、たえず、うごめいているものであると考えられる。この有機物は、使い方しだいで、使い手にもたらす効果の落差は、甚だ大きいものである。私たちは、なかなか言葉を意のままに操れなくて、絶えずもどかしい思いを繰り返しているのが普通である。その意味で、心理的側面から言葉の持つ力を身に付ける技術を述べたこの本は、よりよいコミュニケーションをはかるための、なかなかユニークな本である。

文:アイピー
by shohyo | 2005-06-23 14:21