神戸学院大学人文学部人間文化学科2005年特別講義I編


by shohyo

新しい日本語の予習法

d0068008_13424195.jpg日本人にとっても日本語の学習は必要だ。日本人は日常、生活していく上で、日本語を身に付けてきた。日本人が日本語で困るということはそうそう無いことかもしれない。時と場合、話す人によって何気なく、なんとなく、ことばの使い分けをしている。そのことばは適切に出来ているだろうか。この本では敬語表現から最近の若者ことば、また相手に失礼の無いような対応の仕方などが例を挙げて書かれている。この本はタイトル通り、新しい日本語の予習法にもつながる。かもしれない。
本の中の例でタクシーに乗った外国人が「二つ目の信号を左に曲がってください」というつもりで「二つの目の信号を左に曲げてください」と言ってタクシー運転手に「そんなに力持ちじゃありません」という笑い話が挙げられている。また著者の知り合いの先生がある国の女生徒が「先生に教わって光栄です」と言うべきところを「先生におそわれて光栄です」と言われて大変あわてたそうだ。何がおかしいかは一目瞭然だが、どこがどうおかしいのか理由を説明しなさいと言われたら出来るだろうか。前者は自動詞と他動詞の取り違えの間違いで、後者は活用形の問題である。それで解決である。普段、自動詞だとか活用形だとか意識して話すことはない。こんな小難しいようなことを自然と使い分けしているのだ。
本の中ではら抜きことばについても取り上げられている。「食べられる」というとこを「食べれる」とよく言ったりする。あと「見れる」や「来れる」などもある。今、パソコンで打っていても、ら抜きことばには指摘が入る。著者は「ら抜きことばでも構わない。ことばが乱れているのではなく時代によって変化していると考えるほうがいいのではなかろうか」と述べている。ら抜きことばは大正時代から現れていて、なにも今に始まったことではない。
最近の若者ことばについては「ことばの乱れ」とか「日本語を破壊するもの」など批判的な意見が多いが、著者はそのようなことばに対して「一方的にダメなものとして見るのではなくことばの面白さを表すもの考えることが出来る」と肯定的な意見である。この意見には賛成である。時代によってことばを変化していっても良いと思う。「マジ」とか「チョ~」などのことばが多く使われるということは、そのことばが使われる需要があるということ。今までにあったことばではどうしてもニュアンスが違うのだろう。ただ、そのことばを使う時と場所はわきまえないといけない。堅いことばだけが使われる世の中は肩がこって疲れてしまうと思う。友達からプレゼントをもらうときに「つまらないものですが」と言われたら気持ち悪いだろう。「時代によって新しいことばなり、今まであったことばが変化したものなりが生まれてくれば日本語も豊かになる」と著者は考えている。
著者は若者ことばについて寛容で、文体を見る限り、穏やかな人という印象で、とてもユーモアがあって面白い。性格が優しすぎるのではないかと思うぐらいだ。それだけに厳しい意見が伺えない。偉ぶったとこが文章がないだけに、共感を覚えて、著者の意見を何でも受け入れたくなるが自分の中で咀嚼すること必要だ。普段何気なく使っていることば。若者ことば、ら抜きことばに耳を傾けてみれば違和感を覚えたり、新たな発見があったりするだろう。ことばは学べば学ぶほど面白くなる。      

 文:匿名希望
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# by shohyo | 2005-07-05 13:43

ガンダム・モデル進化論

d0068008_13374596.jpgプラモデルの歴史というものは思いのほか古い。

プラモデルの素材プラスチックは20世紀の初頭に発明され、プラモデルはイギリスで1930年代に発売された。国産プラモデルは1958年マルサン商店が原子力潜水艦ノーチラスを発売したのが初めてである。しかしこの頃のプラスチックは割れやすかったことや、木製模型愛好者が多かったことからあまり受け入れられなかった。さらにプラモデルは製作に金型を使用するため莫大な金がかかり、マルサン商店は経営危機に陥った。ここでマルサンはテレビ番組で取り上げてもらうという大胆な作戦にでた。マルサンの思惑は見事に的中し、プラモデルは生産が追いつかないほどの大ヒットとなった。
 プラモデルと言われると我々の世代はガンダムや自動車、戦車など思い浮かべるが、最初のプラモは原潜だった。プラモデルを心底愛し、並々ならぬ情熱を注ぎ込んできた筆者でないと語れない話題が満載されている。
 1960年代に入りテレビで子供向けのヒーロー番組が始まり、プラモデル業界には多くの会社が参入し大きく加速する。鉄人28号が発売され爆発的にヒット、さらにリアル思考のサンダーバードが大ヒットした。さらに現在プラモデル業界トップのバンダイが参入した。
1970年仮面ライダーやマジンガーZといったアニメが放送され、超合金という金属でできた人形が大ヒットする。これによってプラモデルは若干衰退するが、その後に放送された宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999によって戦艦・鉄道モデルファンをも切り崩し、盛り返した。
 1979年豪快なアクションで戦うスーパーロボットに打って変わって登場したのが機動戦士ガンダムである。今までは主役メカばかりがプラモデル化されていたが、ガンダムでは敵のメカも非常にリアルで人気が高かった。ガンダムは300円でプラモデル化され子供にも買い求めやすかった上、ストーリー的にも大人にうけたのでファン層が大きく拡大し、爆発的に売れ模型店からガンダムのプラモデルが消えたという。
 80年代中盤に入り、ガンダムのプラモデルはさらに加速する。技術よりリアルにガンダムのプラモデルが作られるようになった上、ガンダムの続編が放送され人気は下降しなかった。それどころか以前出したガンダムを新しい技術でリニューアルするといった螺旋的な展開を見せていく。年々プラモデルが進化していき、ガンダムも続々新シリーズが登場していった。昔ガンダムに魅せられた現在の30代の大人(昔欲しくても買えなかった年代層)が簡単に買い求められるようになり、よりリアルになったガンダムを購買する人も多い。今や年間500億円以上を売り上げるガンダムプラモデル業界は25年たった今も衰えを見せていない。
模型史研究家でありエッセイストでもある筆者がプラモデルの歴史とともに、客たちの購買意識からヒットの理由まで詳細に記述し、興味を持った読者を完全に引き込んでいく圧倒的な量のデータと数々のコラムはその道を極めた者しか語れないであろう。また模型ファンには必読の1冊である。

文:F
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# by shohyo | 2005-07-05 13:37

フリーメイソン

d0068008_13351153.jpgヨーロッパに昔からある秘密結社フリーメイソン。歴史を彩る著名人の仲にもフリーメイソンに入っていた人は少なくない。かの有名な叙事詩「ファウスト」を書いたゲーテ。今でもなお人気のある天才作曲家モーツァルト。そのほかにもたくさんフリーメイソンに所属していた著名人がいるのだが、その活動や仕組み、起源などはあまり知られていない。本書はさまざまな資料、文献などからフリーメイソンが何であるかを考え、またフリーメイソンを題材にして西欧神秘主義について考える一冊である。
フリーメイソンとは、ヨーロッパの歴史を語る上ではなくてはならない存在であり、またヨーロッパの歴史上で暗躍した秘密結社である。われわれが高等学校で勉強していた世界史では取り上げられないものであるが、フリーメイソンがなければ今の世の中は違うものになっていたのではないだろうかと思われる。たとえば、モーツァルトがそうである。彼が作曲した有名なオペラ「魔笛」は劇中においてフリーメイソンの思想を取り込んだ作品である。だが、フリーメイソンがなく、モーツァルトが参入していなかったらこの作品は生まれていなかったかもしれない。また、アメリカ建国においても彼らは重要な役割を担っていたという。つまりフリーメイソンとは、ヨーロッパの歴史だけでなく、世界レベルでの歴史において重要な存在であり、この秘密結社がなかったら今の世の中は別のものになっていたのである。
この本の良いところはまず、多数の資料が掲載されており、目で見て楽しむことができ、かつ分かりやすくなっているところだ。そして、著者自身もフリーメイソンというものを様々なものを通して研究しているのだということが分かるようになっていている。フリーメイソン関係の作品、その思想が盛り込まれている作品などの紹介の部分には少々興味をそそられた。
だが、どうにもとっつきにくい部分もしばしばあり、フリーメイソンの文献をはじめて読むには多少つらいものがあるのではと思った。

文:なし
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# by shohyo | 2005-07-05 13:35

安楽死できる国

d0068008_2241681.jpg本作品は大麻・売春・同性結婚と同じく、「安楽死」が認められる国オランダで、どのような課程を経て「死ぬ権利」=安楽死が合法化されていったのかと共に「安楽死法」制定までの国会の動きや、「安楽死制度」を支える医療・福祉システムの基盤、「安楽死」を可能にしたオランダの歴史など、世界で初の「合法安楽死」について書かれた作品です。
この作品を読んでの「安楽死」に対する意見はやはり「NO」です。オランダという国では、三種類のパスポートがあり(P15)、一つは海外旅行の出入国時に使う国籍証明のパスポート。残る二つは「安楽死パスポート」と「生命のパスポート」。「安楽死パスポート」は長時間、昏睡状態に陥った場合、意志に安楽死させて欲しいと意思表示するためのカードで、「生命のパスポート」はその逆で、昏睡状態に陥った場合、「絶対に安楽死はいや」と意思表示をするものであります。「安楽死」を求める患者の中には、絶えがたい苦痛がある、また家族に迷惑がかかる、また自分の命なのだから自分でどうしようが関係ないといった、いくつかの要因があるにせよ、自分で自分の命を終わらせるという「安楽死」は言い換えれば「自殺」ということになる。確かに誰もが痛い思いをするのはごめんだ。しかしこの広い世界で生きたくても生きられない人々がいるにもかかわらず、痛いからだとか色々な理由で命を終えるというのは、安易過ぎる考えではないだろうか?私にもいずれ死ぬ時がやってくるが、確かに死ぬのは怖い。しかし「死ぬ」ということは我々人間が生まれながらに背負う宿命であると思います。今一度「個人主義」だの「個人尊重」だの言う前に、命の尊さについて考える必要性があるように感じました。が我が日本もオランダを見習わなければならない所は幾つかあるように思います。例えばオランダではどの家庭にも地域にかかりつけ医師を持ち、家族の健康管理や病歴、常用薬を把握している。こうした地域医は一人あたり約二千~三千の患者を受け持つ。こうした日々の絶え間ない努力こそが、病気の早期発見につながる。また「安楽死の制度化にあたって社会に4つの条件が揃っていなければいけない」①「誰もが公平に高度な治療が受けられる医療・福祉制度」②腐敗が無く信頼度の高い医療」③「個人主義の徹底」④「教育の普及」(患者の医学知識だけでなく、医師と向き合ってその言葉を正しく、かつ冷静に理解する能力)と本文(P60)にある、③は関係ないが、①②④はどこの国でも求められる事ではないか?日本ではこの三つの条件が満たされているかと問われると、疑問視せざるを得ない。このような三つの条件を満たした上で、独自の「安楽死法」を生み出し、周囲の猛反発がある中でも絶対に変えようとはせず、先にも上げた大麻や同性結婚の合法化は全て、他人の自由を可能な限り認めるオランダ流の社会管理であり、この社会こそ、国民のプライドであり、国民の絆の証であると共に、この国の人々のあり方なのだと思い、「安楽死」に関してはいまだ「NO」だが、国としてオランダを見ると国民一人一人で成り立っている国のように感じ、非常に素晴らしい国だと思いました。     

文:きなこ
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# by shohyo | 2005-07-03 02:24

国語力アップ400問

d0068008_2213170.jpg 『国語力アップ400問』、その名のとおり、国語力を上昇させるための「国語常識問題」と「漢字問題」各200問をクイズ形式で書いた本である。常識問題とは、現代文(小説・詩・敬語・外来語・カタカナ語など)・古文・漢文はもちろん、ことわざ・慣用句・四字熟語、短歌に俳句・川柳、果ては落語用語まで、本当に幅広く取り上げられている。レベルも「次のことわざの( )に入ることばを選んでください。・(  )矢のごとし。1人生2 逃亡3 光陰(p.5)」といった常識として知っておいたほうがよいようなものから、「「気のおけない人」とはどんな人でしょうか。(p.29)」といった、少々誤解されやすいもの、「落語「時そば」で勘定をごまかした男は、いくらごまかしたでしょうか。(p.65)」のような深い知識を必要とするもの、そして「次の漢字の読み方を答えてください。(中略)第20問 鹿 (p.75)」のように馬鹿にしているのか!と思うような問題まで様々なので、国語力に自信がある人もない人も読めるつくりになっている。また、自分がどれくらいの国語力なのかをはかる目安として、それぞれに事前にインターネットで調査した正答率も書かれている。それを、「常識として知らなければならない範囲」の目安にするのも良いだろう。
本書は2003年に刊行され、1年間で12万部を売り上げるというベストセラーとなった。そして今もなお売れ続けている。日本語が乱れているといわれがちな現代人だが、このような本が売れているということは、「正しい日本語を知りたい・使いたい」という意識は廃れていない、ということだろうか。
とりわけ注目したいところは「NHK放送文化研究会」が監修した本である、ということだ。それを売りにしている節もある。不祥事が多く受信料の回収も憚られているNHKだが、やはり国語力に関しては他よりも殊更信頼がおけると感じるのであろうか。あるいは、この本が刊行されたのは少し前なので、今現在は売り上げが落ちているのかもしれないが。
 今日、日本語を正しく使えない、使えない人が増えている。「あの人フインキいいよねー、話も的を得てるし!でも今日悪い印象持たれてそうだから、次は汚名挽回しなくちゃ!!」こんな会話が交わされていてもおかしくない現代。上記の文章のどこがおかしいのかがわからない人は、一度読んでみるのも良いだろう。すぐに全てわかった人も、更なるレベルアップ、若しくは前述した正答率と比較して優越感に浸るために、一度解いてみるのは如何だろうか。                     
文:COHIBA
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# by shohyo | 2005-07-03 02:21
d0068008_218735.jpg男が女を束縛し、女が男の世話をやく。これこそが愛情だと思い込む男と女。ところがこの「束縛」と「世話やき」も相手にとっては「やさしい暴力」である。
恋愛をして不幸な関係に陥る理由を依存症の観点から解明し、健全な男女のあり方を提示しているのである。
テーマは「恋愛依存症」である。これは、互いに傷つけあうことがわかっていながらも、離れる事ができなくなる状態を繰り返す恋愛関係である。「恋愛依存症」に陥る人々の症例を数多く取り上げ、紹介している。そして最後に、そうならないための解決方法を示している。
恋愛依存症に陥る人々は、親から長く支配を受けてきた子供が多い。思春期になるとできるだけ親から逃れたいと思うようになり、自立欲求が高まる。だが、強い支配を受けてきたので親に対して依存的になり、親の元を離れる事が恐ろしくなる。子供は家族に対して自立欲求と依存欲求という全く正反対の気持ちを抱くようになる。このように父と母による支配を受け、心を傷つけた子供がいるような家庭を「機能不全家族」と呼ぶ。このような子供が結婚する時には、自分と同じように心に傷を持つ異性を選択する。二人は共依存状態に陥り、支配、衝突、冷却を繰り返す。
一概にそうとは言えないが、こうして恋愛依存症に陥っていく例がある。
恋愛依存症に陥った場合、二つの視点からの対処が必要である。一つは異性との交際を具体的にどのようにするかということと、もうひとつは「機能不全家族」の中で成育し、傷をおった心をどのように回復させるかということである。心の傷を癒すことが恋愛依存症からの脱出には欠かせないのである。
健康な恋愛は、パートナーに対しては人格を認め、人間性を尊重し、生き方を丸ごと受け入れられるような関係が望ましい。パートナーはあくまで自分とは別人格であることを忘れてはいけない。別人格であるが、互いに信頼を寄せ合い、生活の一部を共に過ごし、ゆるやかな感情の交流をはかれることが素敵な関係であると著者は述べている。
当書は、恋愛依存症に陥ったことにより健康な恋愛ができなくなった人々を助け、親子、上司・部下、同僚、友人等、全ての人間関係の「支配・被支配」構造の解消にもつながる問題提起の書である。
この書によって実際に救われた人々がいると考えると、大変心強い書であり、読者を明るい未来の恋愛へと導いてくれるので良い。

文:まゆみ
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# by shohyo | 2005-07-03 02:19

コミュニケーション力

d0068008_2155434.gif コミュニケーション力が重要だという認識が、近年とみに高まっている。コミュニケーション力を向上させるためには、話の流れをつかむ「文脈力」や基盤としての身体が重要であることを強調している。
 コミュニケーション力を向上させるには、自分の「文脈力」のレベルに気づく必要がある。「文脈力」のレベルには、はっきりとした差がある。これは、素人でもキャッチボールはできるが、プロ野球選手同士のキャッチボールとは質の違いがあるのと同じである。このようにコミュニケーションをキャッチボールにたとえているのが面白い。また、キャッチボールにたとえることによって、「文脈力」のレベルにはっきりとした差があるということがイメージしやすくなっていると思われる。
 コミュニケーション力を円滑にするための、身体に関する基本原則は4つある。目を見る、微笑む、頷く、そして相槌を打つである。この4つを確実にこなすと、かなり会話の雰囲気は温かくなる。
 目を見るというのは簡単そうで難しい。日本では、あまりじっと相手の目を見るというのは好ましくないという感覚も残っていたり、目を見つめていると照れてしまうということもある。しかし、小さな頃から目を見て話せと教わってきたので、目を見るのが好ましくないという感覚が残っているというのには違和感がある。
 微笑むということは相手を受け入れているというサインである。微笑がなければ相手を不安にさせてしまうこともある。実際にそのような経験をしたことがあるのでこの意見には共感できる。微笑むことはコミュニケーションを上手くするための基本的な技である。
 頷くというのは「あなたの話をしっかり聞いている」というサインである。頷きは相手の意見に同意する傾向を示すが、同意しない場合でも頷きは十分に可能である。また「自己チュウ」な人間は頷き率が低い傾向がある。相槌は話の流れを良くする潤滑油のような役割を果たしている。相槌を打つことで相手が話しやすくなるというのは納得がいく。しかし、相槌のやりすぎは良くない。
 就職活動の際にもコミュニケーション力が重要視されている。そのような中で、コミュニケーション力の向上について書かれてあるこの本はとても役に立つ。

文:トロピカーナ
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# by shohyo | 2005-07-03 02:16

日本文明の77の鍵

d0068008_22518.jpg もともと、外国人に日本のことを理解してもらうために書かれたこの書は、環境、言語、宗教、芸術、メディア、科学技術などから77のキーワードを選び、日本をとらえている。ここでは、いくつかのキーワードを取り上げ、簡単に紹介したい。
 世界の中でも日本にしかない四季は、日本人を自然の変化に敏感で感性豊かな民族にした。存知の通り、俳句や生け花、茶の湯が季節感を最も重要なテーマのひとつにしているのがその例だ。
冬季はシベリア気団が日本の天気を支配し、意外なことに日本は、世界で最も積雪量が多い国のひとつなのである。また夏季は、太平洋高気圧の影響が大きく、日本列島には、大量の熱と水蒸気が持ち込まれる。春と秋は、一般的に温暖で、古来から最もすごしやすいと好まれた季節である。
現在、日本の食料品のほとんどが輸入にたよる中、唯一自給できる米は、縄文時代前期から移入されていた。米は、必要な栄養素をほぼ補うことができる優秀な食品である。そのため、米に味噌汁と、魚か野菜を副食にそえるという、日本人の基本的な食事形態ができあがった。米と魚の組み合わせによる低カロリー、低コレステロールの日本食は、肥満や種々の成人病を防ぐ、より健康的な食事として欧米諸国のモデルとなっている。
 神道は日本固有の宗教である。しかし、『あなたはどんな宗教を信じていますか?』という質問に、神道と答えた人は、わずか3.4パーセント。ところが、新年の初詣にでかける人は全国の神社仏閣で8800万人にも達する。また、春と秋には多くの地域で大きな祭りが行われるし、日常生活では自動車にお守りをつけたり、家に神棚があったりする。そう考えると日本人と神道は密接な関係にあることがわかる。
 交通の発達と人々の頻繁な移動は、江戸時代以前から日本社会の大きな特徴のひとつになっていた。その人々の移動が、江戸幕府の成立によって大きく整理された。幕府は熱心に街道の整備につとめ、江戸を起点とする五つの街道を重視した。五つの街道のうち最も重要視されたのが、江戸と京都を太平洋岸沿いに結んだ東海道であった。また、東海道の延長には山陽道が続き、上方から九州を結んでいた。そして今日、東海道とほぼ同じコースを国道1号線、東海道新幹線が通っている。また、かつての山陽道に沿って、国道二号線と山陽新幹線が通っている。よって江戸時代に基本とされたこの道筋は、現代の日本においても、最も重要な文明軸をなしていることがわかる。
 以上のようにここでは4つのキーワードしか取り上げることができなかったが、全体を通して読むと、日本人として知っていて当然なことから、意外なこと、またよく理解できないものなどがあった。
現代の日本人、若者は特に日本のことを理解している人が少ないのではないか。この書はもともと外国人向けに書かれたものであるが、むしろ私は、そんな日本人に読んでもらいたいと思う。                       

文:ヒロシ
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# by shohyo | 2005-07-03 02:03

秘境のキリスト教美術

d0068008_204226.gif 華やかなキリスト教教会で生まれる美術とは対照的に、自ら俗世を捨て修道という特殊な修行を行う者たちが生み出した美術が存在する。
岩山に、砂漠に、柱上に…秘境と言うにふさわしい場所に作られた修道院。そこで生み出された数々のキリスト教美術。本書では、著者が訪れたトルコやヨーロッパの秘境にある壁画や図像を解説するとともに、宗教美術とは何かを明らかにする。そして、生と死の狭間ともいえる過酷な自然の中で修道士たちが築いたキリスト教美術の世界へと読者をいざなうだろう。
まずは、壁画の大宝庫と言われるカッパドキヤに遺る壁画ついて。著者は壁画を、従来の“具象画を取り出した上での図像学的立場”からの研究ではなく修道士の生活の一要素として考え、それが修行する者に対してどのような意味を持ったかを検証している。そうするうちに、カッパドキヤの壁画のうち具象画が描かれていること自体が極めてまれであることが分かる。それどころか、壁画自体描かれていることがまれだったのである。そこで最終的に、“壁画”としてではなく、“洞窟修道院の壁面”と対象を広げ、類型化している。
次に、この地方の洞窟聖堂の壁画の主流を占めている抽象画と、その意味するものを具体的に例を挙げながら解説している。例えば、水甕を中央にして左右に鳩という図柄は、生命の水に信徒が慕い寄ることを意味する初期キリスト教の古い象徴だといった具合である。この他にも、福岡県の日ノ岡古墳の岩壁に描かれている抽象画や、スペインやアフリカの先史時代の岩壁画との共通点を見出している。また、大陸から切り離され、自立的なキリスト教社会を営むことになったアイルランドについても述べている。ここでは、ケルト文化をほとんどそのまま吸収した北方の抽象芸術を紹介している。
そして最後にもう一度、修道院というものについて検証する。修道院を意味するヨーロッパの言葉の中から、cloister(英)、cloître(仏)、Kloster(独)に注目する。これらは、廻廊を意味するラテン語のclaustrumから出た言葉であるが、この廻廊こそ修道院の最も修道院らしい場所であると述べている。そして、スペインのサント・ドミンゴ・デ・スィロス修道院と、フランスのフォントネー修道院の廻廊について解説し、キリスト教美術が終局的に求めるものとは、フォントネー修道院の廻廊に見られるフォントネーの森の奥の静けさの様なものだとまとめている。
   「世の中はかなり変わった。“秘境”が次第に“秘境”として有名になり、
    秘境でなくなったところもある。逆に、政治情勢のために、また秘境的に
    なったところもある。」               補記より)
この本が書かれてから更に月日は流れている。
現在この世界に、秘境とよばれなくなった秘境は、秘境と呼ばざるを得なくなった場所は一体どのくらいあるのだろう。                     文:紅樹
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# by shohyo | 2005-07-03 02:01

テレビの嘘を見破る

d0068008_1585531.gif1993年、NHKのドキュメンタリー番組「奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン」に多くのやらせがあったと報じられ、多くの議論が起こった。しかし著者は数ヶ月で消えたやらせについての議論では、制作者と視聴者の溝が埋まってないのに気付きこの本を書いた。
最初に作り手の工夫としていくつかの例をあげた。「なぜ幻の魚は旅の最終日に釣れるのか」(本文p.30)という例では本当は取材の初日に幻の魚は釣りあげられていたが、視聴者をハラハラドキドキさせるため最終日に釣れたという構成にしている番組もあるという。しかし視聴者はそれを見破れない。また、ハラハラドキドキしたいという視聴者の期待が制作者にそういう演出をさせる、いわば視聴者と製作者は共犯関係になって作っているのである。視聴者も制作者も損をしないので共犯関係は成り立つ。
 ドキュメンタリーに欠かせない再現というものがある。「すでに起きてしまった事実を、あとで再現してそれを撮影し映像化する、ということ」(本文p.56 2~3行目)と説明している。再現は事実とは違う。けれども物事に現実味を出すためにすることだとある。ドキュメンタリーを作るための演出の一つとしてテレビ業界では普通に使っている。
 NHKのドキュメンタリー「奥ヒラマヤ 禁断の王国・ムスタン」が新聞によってやらせだと報道された。しかしテレビ番組を作っている人からするとやらせとされた部分は、いつも工夫としていることが多かった。しかし著者は誇張や歪曲、虚偽もあることを指摘している。ここに新聞というメディアとテレビという映像メディアの考え方の違いが浮き彫りになっている。しかし新聞メディアは視聴者の立場で記事を書いているので対決の構図は視聴者と制作者ということにもなる。
 テレビは娯楽でもあり、メディアでもある。最近は情報化社会といわれていて、事実という情報が透明性を持つよう求められている。この本の著者はテレビ番組の制作者として、まだ透明性を完全にすることは難しいとしている。しかし、この本を書いたことでどのようにテレビ番組を作っているかを明かし、視聴者に意見を求めているところは書いた意味がある。けれども、まだテレビ番組は事実を伝えるために色々な演出をしている。この中で視聴者が作り方を知り、その情報をどう受け取っていくかが重要だと知るのに有効な本である。

文:kazunoko
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# by shohyo | 2005-07-03 01:59

ケータイを持ったサル

d0068008_1561071.jpg “中年のおじさん”というサル学者の著者が、日頃から目にする、十代「若者」の行動に対して疑問を抱く。電車内での化粧、地べたに座る、「べた靴」(靴のかかとを踏みつぶして歩く)現象、ケータイ‥等の行為は「異人種の習俗・行動」であり、いわば、「珍種のサル」として捉え、サル学の観点から分析している。
 第一章から第六章に分けて、「現代日本人は年を追って、人間らしさを捨てサル化しつつある」ということを分析しているのである。
 第一章では、家族について取り上げている。家族で暮らすということは、生活世界を「家のなか」と「家の外」に二分することである。「家のなか」とは「情緒的な結びつきを互いに求める私的な領域」で、対照的に「家の外」は「ひとりひとりが社会のなかの一個人として交渉を持つ公的な領域」と定義している。若者の行為(電車内での化粧、地べた座り‥等)は「家の外」へ出ることの拒否、つまり公共空間に出ることの拒否と考えている。
 若者は生活空間を曖昧化している。これは母親とのスキンシップを求める甘えであり、サルと類似していることを指摘している。外(公共の場)でも「家のなか」感覚であるから、気恥ずかしさを感じないという考えに至ったこの経緯には納得させられるものがある。
 第二章では第一章で挙げた「家のなか主義」を助長させた要因を述べている。母親が子どもに一方的に濃厚な情熱をふりそそぐ、母子密着型子育ての激化である。
 第三章、四章では論点を再び「若者」に戻して、コミュニケーションを考えている。「ケータイ文化はなぜサル的と言えるのか」、この疑問について著者はこう分析している。「ニホンザルは仲間からはぐれるのを防ぐために声を出し、仲間と一体であるという安心感を得る。この音声にはメッセージが含まれていない。これは若者があえて伝える価値のない情報を交信し、誰かとつながっていないと落ち着かなくなる点と同じである」としている。
確かに我々は、携帯電話を持つことによって、常に誰かと連絡が取り合える。携帯電話を忘れて、不安になった経験は誰でもあると思う。所持していなかった以前では、考えられなかった感覚である。ある種の拘束をされているようである。
 第五章、六章では現代の子どもの理解に苦しむ大人たちに「現在の状況は過去一世紀にわたって日本人が作ってきた家族生活のあり方の必然的な帰結」であることを訴えている。
 実は著者は渋谷を極力避けていたらしい。若者の世界の奇妙さに初めは不快感を抱いていたからだ。ところがそんな著者でさえ、不思議にもその世界に魅了され、自ら、若者が集まる場所へ赴くようになったことが面白い。若者を嫌っているようで、実は研究対象として楽しんでいるのである。
 若者批判をしているように一見感じるかもしれないが、決して一方的ではなく、著者側の世代の育て方も問題にし、現代の我々に「人間らしく」行動していくことを求めているのである。
                          
文:竹の子
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# by shohyo | 2005-07-03 01:56

ガンダム・モデル進化論

d0068008_023713.jpg1930年代にイギリスで初めてプラスチックを素材とした模型が作られた。第二次世界大戦後の1951年、アメリカのレベル社が組み立て式の自動車の模型が発売した。
当時の日本は、ティン・トイ(ブリキのおもちゃ)において国内外から高い評価を得ていた。そのような業者の内の一つであるマルサン商店が、1957年にレベル社のキットをコピーして発売した。しかし、当時の模型というものは木製のものが主流でありプラスチックの模型は受け入れられなかった。そこでマルサンは新たなメディアであるテレビを利用してプラモデルを宣伝するという方式をとり、プラモデルを社会的に普遍的なものとするほどの効果を挙げた。
上記の文章には詳しくは載せてはいないが、プラモデルを開発・発展させた会社、もしくは人物を正確に示している。また、それに到った経緯なども論理的であり信憑性がある。
プラモデルが普及するにつれて多数のメーカーが参入し、衰退するメーカーや成長するメーカーが出てきた。プラモデルの礎を築いたマルサンは倒産し、今井化学やバンダイなどのメーカーがキャラクターものの模型で成長した。とりわけ、今井化学はサンダーバードシリーズで多くの支持を得た。
バンダイは1972年に放送された「マジンガーZ」のヒットによりおもちゃ業界においてその名を確固たるものへとしていく。だが、超合金などのヒット商品を出すものの、一般の家庭にはかなり高価なものであり、子供たちは大変な渇望感を抱くことになった。
具体的な作品の事例などを表して、子供たちのロボットに対する心境の変化を表現している。
様々なロボットアニメが放送され、キット化されていく中で、キット化することが大変困難なものも出てくるようになった。そこでバンダイは始めからキット化を目的としたアニメを作ることにした。それが「起動戦士ガンダム」である。この作品に登場する機体をプラスチックモデルで比較的安価で発売したところ、社会現象になるほどの人気であった。その人気は放送が終わってもなお留まることはなかった。
当時の子供たちが抱いていた渇望感がその大ブームを引き起こしたと考えられる。
1980年代半ばになると、テレビゲームという新しいメディアが確立されてきた。その影響を受けて発売されたのが、「SDガンダム」である。この新たなシリーズによってマニアックになり年齢層が高くなりつつあったガンダムワールドを再び子供たちの世界へと戻したのであった。
内容は様々な視点から書かれており、ガンダムワールドの伸張を確証づけている。しかし、多くの内容を詰め込みすぎ整理されていないために少々理解にくるしむ。
年月が経つにつれてバンダイの技術力も発展し、HG・MGなどの精密さの割に安価というシリーズが展開され、過去に発売されたキットを現代的にリファインする動きがでてきた。これがガンダムプラモデルにみられる「螺旋的進化」である。
キットの完成度の変化や値段の変化などを、あたかも生物のような進化プロセスになぞらえて述べている点が、その独特な発展過程をたどってきたガンダムプラモデルだからこそ対応できたのだろう。

文:H
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# by shohyo | 2005-07-03 00:02

ドラえもん学

d0068008_140087.jpg見切り発車で誕生し、それからおよそ35年間。お茶の間を和ませ、お茶の間のアイドルへと上り詰めたドラえもん。
 『ドラえもん』それは今や日本中の誰もが知っているといっても過言ではない存在である。その絶妙な存在を生み出したのが、藤子・F・不二雄氏であるのはご存知だろう。しかし、いまや日本中の誰もが知っているといってもいいほどの存在感をもったドラえもんは、実はひょんなことから生まれていたのである。それは、ネコと起き上がり人形である。こんなに身近な出来事から、あのドラえもんが生まれたと思うと不思議と面白さが込み上げてくる。
ドラえもんといえば、35年間お茶の間を和ませてきた人気者というイメージがある。しかし、実はドラえもんが初めてテレビアニメとして登場したときは、今とは違い日本テレビ系列での放映だった。だが当時は、人気がパッとせず視聴率もあまり稼げなかったため半年で打ち切りとなってしまった。今のドラえもんの姿を知っている我々からすれば、信じられない事実である。
 では、どうして半年で打ち切りになってしまったドラえもんが、今やお茶の間の人気者へと変貌したのか。それは、放映が日本テレビ系列から今のテレビ朝日系列へ変わったことが、今の人気アニメへの火付け役になったと考えられる。また、当初は関東地方のみで放映されており、10分間という短い帯番組であった。今、当たり前と感じている30分の帯番組は、当初はお正月などの特別番組であった。今とは違った10分間の帯番組でそれほどの人気の出たドラえもんは、やはり存在感が凄かったのだろうという事がこのことから分かるだろう。
 しかしあるとき、藤子・F・不二雄氏の胃潰瘍の手術の為、マンガの連載を休止したときがあった。そのとき、ドラえもんの終了のデマが流れた。その内容というのが、「のび太が実は植物人間状態で、今までの出来事は全部夢だった」というものである。しかし、その噂が流れたころ藤子・F・不二雄氏はこう語っている。「そんな突然で不幸な終わり方はしない。これからも一生描きます」と。この説は色んなところでいまだ語り継がれており、それを信じている人も多々いるようだ。
ちょうどそのときだった。悲しい報道が流れたのは。そう、藤子・F・不二雄氏つまり、藤本弘氏の突然の死の報道である。我々がちょうど小学校5年生のときのことであった。そのときは何も感じなかった自分が、今思えば寂しいものだと感じる。
ドラえもんの始まりから、現在までのことを詳しく載せてあるこの本。しかし、残念なことが一つだけある。『藤子不二雄』という人物が、藤子・F・不二雄と安孫子素雄の二人の合同ペンネームという事。また、藤子・F・不二雄の本名が藤本弘であるという事。この3者の名前が、まばらに載っている為混乱するところがある。この部分が、この本での欠点ではないだろうか。しかし、これから先様々なドラえもんの著書を読むときに是非読んでおきたい本である。

文:笑也
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# by shohyo | 2005-07-02 14:00
宮崎アニメには一つ一つに意味が込められた芸術である。

 ジブリの作品といえば誰でも一度は観たことがある有名なアニメである。しかし、そのほとんどはただ漠然に観ていたに違いないだろう。だが、その一つ一つの作品のなかには膨大な意味が隠されているとは誰も思わないだろう。たとえば、ジブリの代表作品でもある「となりのトトロ」である。
この作品には時間というものが数多く盛り込まれており、また意味も隠されているように思えるシーンがいくつかある。例えばメイちゃんが庭で遊ぶシーンでは、晩春から初夏にかけての時期が描かれていて、庭の池のオタマジャクシのつたない動きの中に、子供というつたなさとかわいらしさを感じさせている。晩春から初夏へ季節が変化すること、オタマジャクシからカエルに変態してゆくことを、子供が急激に成長することになぞらえて表していたりする。ほかにも、小学校の教室の黒板に六月二十三日(木)の日付が書かれますが、もし意図的な表現だとすれば、六月二十三日(木)であるのは昭和30年、35年、40年であるが、このなかで記憶すべき年は昭和35年六月二十三日(木)の日米安全保障条約が強行採決された日である。
 この日に限ってお父さんの帰りが遅くなったのは、ただの偶然ではなく、デモ隊などの行進によって電車が遅れ、バスに乗れなかったのではないのかと思われる。黒い雲は戦争での不安であり、雨は六月十五日の国会への抗議デモ隊と機動隊との乱闘の中でなくなった学生を思った涙雨になる。メイとサツキがお地蔵さまに「どうか雨宿りをさせてください」と手を合わせるのも、ただ、雨宿りだけのお祈りではないように見えてくる。それだけでも平和への思いが伝わってくるのではないだろうか。
今回はトトロを一例に出してみたが、このほかにもひとつひとつの作品に平和と戦争という思いがこめられている。それがどのように表現されているかは、それぞれだが宮崎流のメッセージではないかと考える。この書籍はすべての作品ではないが、いくつかの作品に着目し、分析して隠れたメッセージを見つけるヒントを探すサポートをしてくれている。

文:イノセンス
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# by shohyo | 2005-07-02 13:57

宝塚というユートピア

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1914年4月、箕面有馬電気軌道主催、大阪毎日新聞社後援によって「婚礼博覧会」が催された。その余興の舞台に宝塚少女歌劇養成会第1期生17名が出演した。これが、宝塚歌劇団の原点である。
 1913年、箕面有馬電気軌道株式会社(現阪急電鉄)の小林一三翁により、梅田発宝塚終点の沿線集客の一環として、少女だけの唱歌隊の養成が構想された。そして、「学校」をモデルとした劇団が組織され、入団を許されるのは、宝塚音楽学校を卒業した未婚の女性のみである。専属劇場として、宝塚大劇場・東京宝塚劇場が建設され、劇団創立以来の90年間で実に4000名余りの生徒が宝塚の舞台を踏んだ。
 劇団は、機関紙「歌劇」の発行、パリのレヴューを導入した演目の上演、海外公演など、多くの実績を積んでいった。第二次世界大戦が始まると、1944年には宝塚大劇場・東京劇場は閉鎖を命じられ、レヴューは上演禁止となった。生徒達も女子挺身隊として配属された。終戦後の占領下では、GHQによる検閲も行われた。しかし、劇団は「海外ミュージカル」のキャッチアップを精力的に行っていった。
 2005年現在、1998年に新しく誕生した「宙組」(そらぐみ)を含む5組体制となっている。これまでに、「オクラホマ」・「ウエストサイド物語」・「エリザベート」・「風と共に去りぬ」と、多くの海外作品が上演されてきた。舞台衣装と共に注目されるアクセサリーや鬘、靴などのなかには、生徒自身による、多くのセルフプロデュースの品が用いられている。これらを含め、ヘアスタイルや舞台化粧の創意工夫が生徒個人の評価にも繋がる華やかかつ、厳しい世界である。
 本誌は、全体的に歴史的事実を列挙した部分が多く、専門的すぎるように感じた。「宝塚というユートピア」。この題名からは、これまでに上演された演目についての批評や、劇団の魅力などが書かれていることを予想する可能性がある。それを期待して購入した読者にとってはつまらない内容かもしれない。「宝塚歌劇団」を、創立以前から現代にいたるまでの歴史や、海外との交流など、多くの面から追及することは、劇団に対する知識や興味が増加する一因ともなる。しかし、「私は公演を観ているだけで、生徒さんの応援をしているだけで満足」という人にとっては、あまり興味のない内容が凝縮された一冊となるだろう。
                                                        
文:龍太
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# by shohyo | 2005-07-02 13:55

馬の世界史

d0068008_13513555.jpgこの本はネアルコという一頭の馬の紹介からはじまる。ネアルコという名馬の血が現在の世界中の競馬が飛躍させたといわれている。
人々はなぜ名馬を生み出すことに情熱をかけるのだろうか。人間は馬と言う生き物に何を求めているのであろうか。著者はそんな問いを考えているときにもっと素朴な疑問にたどり着いた。そもそも人は、どのように歴史の中で馬と関わってきたのだろうか。馬と人間の歴史を見直してみようではないか。
著者はこの本で馬と人間の出会いから現在の関係まであらゆるエピソードを盛り込みながら、どのようにこの関係性が変わってきたのか、この関係性の原点にはどのようなことがあったのか等を余すところなく書いている、馬がなぜ人間に必要とされるのかがよくわかる本である。
馬と人間との出会いは人間に速度という概念を与えた。騎乗技術の普及によって人間は情報を遠くの地に早く伝えることができるようになった。速度と言う概念がもし生まれていなければ、人類の時間はもっとゆっくりと流れていたかもしれない。そうなれば、今の人類の極度な文明の発達、高度成長もなかったかもしれないのだ。
やがて人類は戦車を馬に引かせるようになった。「ひとたび“速度”が人間の世界に浸透すると、世界史はめまぐるしく動き出す。馬と戦車の出現は、世界史の速度をも速めることになったのである。」戦車の登場により馬は人々にさらなる速さの速度の概念を浸透させた。
現在では戦争に馬が使われるということはほとんどなくなったと言えるであろう。しかし人間が馬に求める速度という概念は競馬というスポーツへと受け継がれていった。人々はより早く走れる馬を品種改良によって生み出し、それを競わせ、さらに成績の良かった馬を選りすぐって、また新たなサラブレッドを生み出していった。その営みは現在でも変わっていない。
「馬を飼いならして利用するようになると、人間の世界は大きく広がっていった。馬は荷車や戦車を引いたり、背上に人や物を乗せて運んだりしながら、時には過酷な作業にも黙々と従事してきた。馬の速力と体力は人間の活動範囲をこのうえなく拡大したのである。(中略)もしも馬がいなければ、その数千年はいかにして流れたであろうか。馬の速力と体力はどのようにして補われたのだろうか」
もし馬と言う動物がこの世にいなければ現在の人間の歴史は大きく後退したものであったかもしれない。人々が馬に対して忘れてしまっている歴史を思い出し、考えるべきなのではないだろうか。著者は、「人間の恩恵の中で生かされていることへの自覚を深めることにもなるだろう」とエピローグで語っている。そこに著者がこの本を通して伝えたかったことが集約されているのではないかと思う。この本は人間が馬にもたらされた恩恵をもう一度思い出させてくれる意味で、とても信頼できる本である

文:KK
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# by shohyo | 2005-07-02 13:51

聖書でわかる英語表現

d0068008_13492432.gif 小惑星が地球に衝突する危機を描いた、ブルース・ウィルス主演の映画『アルマゲドン』は記憶に新しいのではないだろうか。しかしこの「アルマゲドン」とは単に小惑星の名前ではない。では一体どんな意味を持っているのか。何とこれ、実は新約聖書に登場してくる言葉で、「世界の終末における神と悪魔との最終決戦の場所の名前」を示している。したがって過去・現在・未来で起きる全ての惨事をこう例えることができるのだ。
 2004年5月に公開され話題となった、メル・ギブソンが製作・監督・脚本を務めた映画『パッション』では、イエスの最後の12時間を極めてリアルに描写したものだが、この「パッション」もまた「情熱」と誤解してはならず、原義がある。「イエス・キリストの苦しみとその十字架上の死」を意味し、しばしば大文字(「Passion」)で始まる。これは「聖書に登場する唯一の「God」である考えが多いからのようだ。
 また固有名詞をとっても、例えば欧米の人名でよく使われる「David」デイビットもやはり聖書に出てくるイスラエルの第2代の王「ダビデ」から来ている。当然「マリア」という名前もそうである。
 日本人にとって、英語表現が今ひとつ理解できないという問題がある。論理が混乱している文章など、2度3度読み返してもぼやけている。場合によっては、さっぱりお手上げということもある。それは何故か。英語表現は、キリスト教文化に多々準じているからである。それは聖書にある。ひとつの言葉が聖書から使われていたり意味が引っ掛けられていたり、また変換されたものであったりするためである。
 自分はキリスト教信者ではないが、知識としてキリスト教文化がどんなものであるかは興味がある。第一、文化を知らずして英語能力もないだろう。徒でさえ英会話には日常生活において聖書からの〝たとえ話〞が多く現れ、それらのニュアンスも重要と感じる。話し上手は〝センス〞の良さも伺える。英語学習者はできればそんなレベルに近づいてみたいはずだ。聖書は1度読んでみたいと思っていたが、この本は聖書を通して、言語の由来、文章の成り立ち、また英語圏の文化を自然に並行して知り得ることができた。
                                 
文:アトランティス
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# by shohyo | 2005-07-02 13:49

生きていくことの意味

d0068008_13462881.jpgこの本はトランスパーソナル心理学の立場から「生きる意味と希望とを見失わず、前向きに生きていくためのヒント」を教えてくれる。トランスパーソナル心理学とは「個人としての〝自分〟や〝自分のしあわせ〟への執着・とらわれを脱して、〝個を超えたつながり〟を生きよ」という心理学である。私たちが悩みや問題を抱えた際、少しでも役に立つようにと作られた一冊である。
この本で著者が最も言いたかったことは「この人生のすべての出来事には意味がある。人生のプロセスは私たちが気づく必要のある大切な〝メッセージ〟を運んできてくれている」ということだ。著者は具体例を挙げながら、このことを読者に訴えかけてくる。その中で「〝うちなる自分〟の声に耳を傾ける」という方法がある。「自分の中の醜い部分やダメな部分、悪の部分、どんな部分も自分の大切な一部として認め、受け入れていく」と、そのような感情は「自分でコントロール可能なくらいの大きさになっていく」という考えである。確かに誰かに認められると嬉しくなる。それと同じように、せめて自分だけでもその存在を認めてあげる。すると完全には消えなくとも、その気持ちを落ち着かせることはできるのではないか。この方法は簡単に試すことができるため、お勧めである。
この他にも「宇宙に人間が生まれたことの意味」として「宇宙の自己進化のプロセスの中でその一部として人類が生み出された」という考えも書かれている。だが私はこの部分には共感できない。著者は人間が宇宙に生まれてきたのは宇宙のためで、人間は宇宙が進化していくために生きていかなければならないと言っている。「〝生命〟」が誕生し、人間が生まれ、そしてその人間には「〝心〟」が生み出された。それは著者が言うように「〝単なる偶然〟の仕業」ではないかもしれない。だが、宇宙のために人間は生きているとは思わない。生きる意味とは人間が勝手に都合よく作っているのではないだろうか。また、著者は「自分のいのちを自分で捨てる」ことは「まさに〝宇宙の意思に背いた行為〟」と言い切っている。確かに自殺は良くないことだが、そこまで言われる筋合は無いのではないだろうか。
この本に書かれていることは、あくまでもヒントである。この本を読んだからといって、すぐに問題が解決するというわけではない。また、一度読めば十分だと思わせるほど具体例が多く、読むだけで疲れてしまった。もし、この本を読みたいと思う方は、購入するのではなく図書館で借りることをお勧めする。

文:オレンジ
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# by shohyo | 2005-07-02 13:46
 著者は、石井研堂氏の『明治事物起源』という書物を読むうちに、この書物に書かれていない事柄が数多くあるのを知り、自分流の事物起源を書こうと思い立ち、思いつくままに資料を探し出した。書いていくうちに、蚊取り線香、アイスクリーム、電話機など、それぞれに独自の歴史があり、それぞれに人の営みがあることが分かった。
 13の項目に分かれているうちの2つを取り上げて見てみることにする。
まず、『国旗』である。国旗である日の丸は、江戸時代の廻船にかかげられた幟、旗の船印からはじまっている。日本各地に幕府が管理する天領と称された地があって、そこで産した米が、御城米として江戸の幕府に船で運ばれた。初めは、一般の廻船と区別するため、白地に朱色の丸印をえがいた船印がかかげられていたが、幕末になると、開国によって渡来する外国船が多く、それらの船と識別するために使用された。その後、日本のすべての船に同一の船印を立てるべきだということで、日本は日出づる国と言われていることから日の丸が国旗となった。海上を進む船の船印が、そのまま国旗に制定されたとは、いかにも四囲を海に囲まれた島国らしいと言える。
 次に、『電話』である。電話は、1876年3月10日、アメリカ人のアレキサンダー・グラハム・ベルによって発明された。翌年11月には、早くも電話機が日本に輸入され、それは、アメリカにとって商品としての電話機の輸出第一号であった。電話で、私達は最初に「もしもし」と言う。普段使っているのでなんとも思わないが、考えてみれば不思議である。しかし、最初に使用されたのが役所と役所の間であったことから、その理由を知ることが出来る。明治維新後、役所につとめる人は武家またはそれに準じる人が多く、電話の第一声として、「もうし、もうし、そこを行かれる方」などという武家の使った呼び方のもうしという言葉から、「もし、もし」という言い方が使われ、それが百年以上たった現在でも使われているのである。
このように、さまざまな事物が江戸時代や幕末の時代から始まっており、深い歴史があることがわかる。ひとつの項目について、5ページほどにまとめられており、とても読みやすい。また、身近な項目について書かれているので、共感できる部分が多く、とっつきやすい。30年以上歴史小説を書き続け、多くの史料調査で知り得た事柄を持つ著者だからこそ書ける著書である。

文:あやこ
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# by shohyo | 2005-07-02 13:40
 「戦争と美術」この本の主な舞台は大東亜戦争時代にまで遡る。
美術というものは数多く存在し、それと相当の美術家も数多く存在した。この本は大東亜戦争当時の画家を焦点にした話であり、果たして国の命令で描かれた戦争画という物は美術品に相当するのか、当時の時代背景を考えながら話は進んでいく。
当時は白米を食べるだけでも「おいしい!」と決して大きな声で叫んではだめで窓という窓を閉め切って食べたという。なぜなら、食べ物もろくに手に入らない時に白いご飯を食べようものならすぐさま「非国民」とされるからであった。隣組という制度も作られ、これは隣同士なかよくせよというものであったが、結局の所は戦争批判をなくすための相互監視であり、この時代に言論の自由などはなく反戦思想などはもってのほかであった。
 こうした時代背景に画家たちは自由な表現で絵画を描くことはできず、戦争の悲惨さを絵画として描こうものならそれは非国民とされすぐに捕まってしまい、描きたいものがかけない時代であり、そのかわりに国から「戦争画」つまりは日本の勇敢さや戦争の理解を求める絵画を
国から描くようにいわれ、それが画家の務めとされていた。
 このような中で書かれた戦争画というものは美術品としての価値があるか、そのようなことを著者が綴っていく中で、当時の戦争画の一部には画家のメッセージが残っていることがわかっていく。
 この著書を読んでいくうちに著者の考えがその流れとともに色々かわり色々と考えているので読者の側からすれば少々理解のしにくい内容ではあるが、戦争画をとりあげたこの著書は当時の時代背景の中で画家たちは国民らから異質の目でみられ、戦争という抑圧のなかで必死に見えない抵抗し激動の時代を駆け巡る様がよく記されていていた。
 著者は戦争の正当性だけを映し出そうとする戦争画に疑問を持ち同じく疑問を持ちつつもそれを表にだしていった画家に尊敬の念を抱き世の中のおかしさ、美術家とはどうであっていたいものかなどが綴られており著者の気持ちを読み取ることができた。

文:matsu
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# by shohyo | 2005-07-02 13:38